• 2012/3/27

    第三回 新米ママあるある VOL.1


    たったの2回記事を書いただけで更新が滞ってしまった。

    いつかこの言い訳をさせてほしい。

    (今言い訳をしないところ私かっこいいな、と思っていたり)

    さて、今回は「母親あるある」を書いていこうと思う。母親というよりむしろ父親が「あるあるあるある!!」と思わずにはいられないかも…



    ダンナが病気になると異常に冷たい



    どうも喉が痛い…鼻水も出る…。どうやらカゼをひいてしまったようだ。

    妻にそう告げると、いたわりのコトバどころかため息をつかれながら

    「また? 今日からあっちの部屋でひとりで寝てね」

    と冷たく言い放たれた。まあいつものことだ。どうせ俺はバイキンだよ。


    ===


    家庭のために働く全父親のみなさま、申し訳ございません。

    バイキンなんかじゃございません!


    小さい子ども、とくに0歳児の赤ちゃんがいると母親は病気に敏感になる。今年のようにインフルエンザや急性胃腸炎が流行する冬場なんか、菌がウヨウヨしている外に行くするのすら気が引けてしまう。


    我が子が病気になることの警戒心だけでなく、私が倒れてはなるまいと、つねに気合いが入っているのが母親というもの。家は母親でまわっているといっても過言ではない。が、そんな母親の思いとはウラハラにけっこうあっさりカゼをひいてしまうのが父親だ。


    通勤電車やオフィスなどとかく人と接する機会の多い父親は、母親に比べて病気をもらいがち。遅くまで働いてストレスや疲労がたまり免疫が落ちているのもあるだろう。頭ではわかっちゃいるが、母親はそれが許せない。病気は気合いで乗りきれるものではないことぐらいわかっちゃいるが、このときばかりは「気合いが足りないだけ」と思う。そして罵声をあびせる、もしくは無視をする。もちろん寝室は父親だけ別だ。


    心のどこかでは「やさしくできないこころの狭い私を許して…」と思うのに、次またカゼをひいたら同じように冷たいコトバを繰り返してしまう。これも母性の強さゆえ…どうか広い心で許してほしい。




    平日のランチ、もしくはダンナ不在の夕飯がひどい



    我が子のご飯はちゃんと作る。ひどいのは父親不在のときの自分(母親)のご飯だ。


    育児と家事の両立は大変だ。いや本当に大変だ。甘く見てた。

    これは経験してみないとわからないと思うので、男性だけにあらず子どものいない女性にも共感をえづらいと思う。


    とくに“怒涛のラッシュアワー”と勝手に呼んでいる17時~21時は、



    17時:ベビ子の夕飯&大人の夕飯作り

    18時:ベビ子夕飯

    18時30分:風呂沸かし、夕飯の片付け

    19時:ベビ子の風呂

    19時30分:ベビ子の寝る準備(着替え~歯みがき)

    20時〜21時:寝かしつけ



    と、息つく暇もない。きっとよそのお宅でも似たような時間割ではないだろうか。


    寝かしつけまでが終わってやっと一息…かと思いきやベビ子がとっ散らかしたおもちゃを片付け、気づけばもうすぐダンナの帰宅時間。夕飯食べて片付けて…一日が終わる。「自分の時間は、寝入るまでの数十分だけ」という人も少なくないと思う。


    このように夕飯の準備とは意外と時間のかかる作業だ。もっといえば料理する作業に入るまでがじつは面倒で、長い。構成を考えるところからだと、昼からスタートする。ある材料から今晩の献立を考え、足りないものを買い足す。昨日は魚だったから今日は肉だな、あの食材を使いきらなきゃな、あと一品足りないな…。これ、毎日の作業と思ったら結構大変じゃないすか。ほらもっと想像して。


    なので、ちゃんと作らなくていい昼だけは、思いっっきり手を抜きたい。ベビ子ママがよくやるのは、大きな声で言えないが、冷凍していた余り物のご飯にかつおぶし、しょうゆ、マヨネーズをかけてぐちゃぐちゃに混ぜた猫まんまだ。おいおい苦学生かよ、と毎度突っ込みながら食べているが、これがおいしいんだな。ちなみに今まで我ながら終わってるなと思ったのは、じゃがりこだけだった日だ。


    街に出ると昼間に優雅にランチをするママさんがいるが、きっと家に帰れば怒涛の時間が待っている(はず…?)のである。父親のみなさま、母親の皆様がたまに食べる1000円前後のお手頃ランチ、たまのご褒美と思って大目に見てください!

  • 2012/2/25

    第二回 ママ友、誤解してました Vol.2

     前回は「ママ友、誤解してました」と堂々たるタイトルを掲げながら、最後はただのコミュ障女のメール講座になってしまい誠に申し訳ございません。

    懲りずに第二回です。 

     

    集まりは手作り飯がデフォ 

     

    ママ友のホームパーティでしょっぱなから市販の惣菜を買っていくことを前提に話をすすめると恥をかく。 

     

     

    ※しつこいようですが、本コラムは少数派のズボラなママ視点でのお話です。そのためほとんどのママさんたちに賛同いただけない内容となっておりますが、どうかご理解ください。 

     

     

    独身時代から結婚小梨時代に至るまで、友人たちとの持ち寄りパーティはデパ地下や駅ビルの食品街で買うか、餃子の王将で餃子をしこたま買うか、宅配ピザをとるかの選択肢のみだった。飲み物といえば近所のコンビニでビールを買い、たまにシャレたことをしてやろうと思えばシャレた店でワインを買い、どうだシャレているだろうといわんばかりに気取ってみたりもした。 

     

    そう、人の家にお邪魔するのに自分から何かをクリエイトすることなんて、微塵も考えたことなかった。だって作るの面倒だし、買ったほうが美味しい。なによりこの年齢にもなってジャンクで炭水化物だらけのメニューをテーブルいっぱいに並べると、まるで全裸で無人の体育館にいるような背徳感をおぼえて大変気持ちがよい。 

     

     

      

    (写真)主婦の集まりとは到底思えない、炭水化物多めというか炭水化物のみのラインナップ

     

    しかし出産を通じて知り合ったママ友は違った。私(と、周囲の友人ら)のように最初から外部の力には頼らない。得意料理の持ち寄りが当然、の世界。野菜料理、肉料理、ご飯もの、など、ちゃんと栄養バランスを考えて担当を決める。ケーキだってプリンだって作る。ワインにはハーブを入れ、ホットワインにして保温ポットで持ってきてくれる。そしてもれなくどれも美味しい。持ち寄りの料理がこれほどまでにおいしいとは知らなかった。皆そろいもそろって料理スキルが高いのだった。


     

    私はいったん様子見したので恥こそかかなかったが、もし私が幹事だったら、アトレで何を買うだとか、カクヤスは冷えた酒が手配できるだとか、ド◯ノ・ピザならネットで頼むと楽しいよ、だとか、自信満々に外部の力ですべて調達したと思う。しゃしゃり出なくてよかった。ちなみに今まで私が持参したのは、レシピがそのままネットに落ちているタモリカレーと酒くらいだ。オリジナルレシピは料理の達人ママたちのお口に合うとは思えず、とてもじゃないが持っていけない。 

     

    こんな思いをしたのは私くらいだろう、黙っておこう、と思っていたが、ある日、子持ちの高校時代の友人からわざわざ電話があり「ママ友の集まりに行ったらみんな手作りのケーキとか料理を持ってきていて、自分だけ酒瓶で恥かいた、ダンナに叱られた」との報告を受けたので、実はわりと同じような目にあった人はいるんじゃないかと踏んでいる。 

     

    人の親になったからには、料理は愛情、どんな場面でも手作りがデフォルトだと思って損することはない。ママ友のホームパーティがこれから開催されそうな人は、ひとつ得意料理に磨きをかけ、どこでも通用するテッパンメニューを持っておいたほうがいい。披露したとき、もしもあなたが思っていた以上にあなたの料理の評判が高く、レシピ教えて、などといわれたときの天狗感といったら…。私なんてタモリが考案したレシピなのに、教えてほしいと言われたときは気持ちが異常に昂ったのを記憶している。 

     

     

     

    ママ友の突然の訪問、あなたは自宅に招き入れることができますか 

     

    私はできない。たたみ途中の洗濯物や子どもが出した化粧道具、おもちゃで家中が散らかっているからだ。そのほか家の構造やら諸々の理由があって、恥ずかしくてあげられない。 

     

    でもそんなの当たり前だと思っていた。人を呼ぶさいは、事前に、少なくとも前日には連絡がほしいし準備が必要だと思っていた。 

     

    しかしママ友たちは違った。雨の降る日、外出できないだろうからとお宅に呼んでくれる。ちょっと野菜のおすそ分けにと訪問したら、そのまま家にあげてくれる。外でのランチが終わったら、ちょっと散らかっているけどいい?と言いつつ、家に招いてくれる。 

     

    私はできない。たたみ途中の洗濯(以下同文)。 

     

    でも、決してママ友さんたちの家が整然としているワケではない。取り込みたての洗濯物もあるし、おもちゃも散乱している。じゃあいったいどこが我が家と違うのかというと「人が来ても大丈夫な最低限の散らかし方」、「人がいつ来てもいい覚悟」、「要らぬ見栄を張らないこと」な気がする。第一回に書いた“ママ友とはタメ口がいい”と同じことだが、ママ友の付き合いには、見栄をはる必要もない。肩肘はらないことが大事なんだと思う。 

     

    そしてじつは大事なのが「人さまに出せるお菓子や“お”紅茶があるかないか」だ。我が家は人を招き慣れていないので、こういったストックが皆無だ。今までは何の不自由なかったが、子どもができるとこのように近所とのつながりが広がるし、それをないがしろにしちゃいけない。自宅に招き入れなくとも、招いていただいたさいにサッとお礼として渡せるよう、ちょっといいお菓子は常備しておいたほうがベターだと思う。 あと、ママ友というのはなぜかけっこうな確率でおいしいフレーバーティーを知っている。おいしい紅茶を出されるとその話題で盛り上がって会話についていけなくなるので、コーヒー党の人は紅茶の分野にも手を広げることをおすすめする。

     

     

    とまあこんな感じで、今までの私の生きてきたいい加減な世界とママ友たちのスタイルがまったく異なり、会うたびに私って一体…とどんより気分を味わうのだが、彼女たちに会わなければきっと子どもが幼稚園や小学校に入った段階でどうせ同じ目にあってもっと恥をかいていたし、むしろ娘が恥ずかしい思いをしてしまっただろうから、赤ちゃん時代に知りあって本当によかったと思っている。 

     

     

    ママ友とは…たくさんいればいるほど面倒で、すぐ関係がこじれて、公園デビューでいじめられて、という偏見だらけの世界では決してない。だからといって独身時代のノリですべてがまかり通るわけでもないけど、我が子のため、自分のため、よりよい育児ライフを送るためのママ友関係はなかなか楽しいものである。今まで誤解しててすんません。と思う今日このごろ。いつかに続く。

  • 2012/2/15

    第一回 ママ友、誤解してました vol.1

    よく「ママ友ができない」「ママ友がほしい」といった声を耳にする。正直ベビ子が産まれるまで、子持ちという共通点だけで群れるなんて変だしそもそもそんな浅いつながりで友人になんてなれるはずがないはい出たオンナの群れたがる習性! と、のっけから“ママ友”に否定的だった私は、そういうママさんたちの悩みが理解できなかった。友達ってさ…学生時代の友達で子持ち、いるだろう? 勤めていた会社の同僚は? それじゃダメのか!? と。


    けれどフタを開けてみれば娘ベビ子を出産して一年、けっこうな数のママ友ができていた。そして彼女たちにずいぶん助けられ、彼女たちのおかげで楽しく育児ができている。と同時に、ママ友に対する偏見、誤解がとけた。


    きっと私のようなちょっとひねくれた性格のために、子育てだけにあらず、学校や職場、恋愛、などあらゆるシーンでちょっとずついろんなモノコトを損してきたママたちは多いんじゃないか、と勝手に推測している。そんなハシッコを生きてきた母親の皆さん、よかったらどうぞ駄文にお付き合いください。

      

     

      

    母親学級で…




    初妊婦だった私は、市が主催する母親学級に参加。私の目的は「妊娠出産について学ぶ」ことだったが、どうも母親学級の主目的は「友達を作る」だったようで、ほかの妊婦さんとグループを作り、名前、電話番号、メアドを半ば強制的に交換させられた(と、この時点では思っていた)。


    このグループ分けですでにドヨ〜ンとなってしまったのはおそらく私だけで、ほかの妊婦さんたちはとても積極的。「近所だね〜」「お腹の子は男の子?」と、それは楽しそうに話しているではないか…! いっぽう私はといえば、空気を乱さないよう頷くのみ。たまに話しかけられたら「ええ、はい」っておい!


     

      

    ママ友づくりは敬語がタブー!?


    盛り上がる妊婦さんたちをハシッコで見、頷きながら思った。ママ友を作るには、初対面でも敬語を使わないことが肝なんじゃないか、と。初対面の人に敬語を使うのは基本だが、ママ友の世界では敬語だと逆に信用を得られなかったり、次につながらなかったりと、なにかと一線を越えられない気がする。


    かくいう私もタメ口が苦手で、敬語からタメ口に変える瞬間はかなり勇気がいるタイプだ。この日はもちろん敬語が抜けず、すでに和気あいあいと話しているグループの中で、少し浮いていたのを覚えている。と同時に、人の親になるのにこのままじゃいけない、とも思いだしていた。


    あれから一年以上経過し、ほかの妊婦さんたちのコミュニケーションスキルの高さのおかげでこんな私も友達になれたわけだが、ママ友がほしいなら、もっとなれなれしくいったほうがいい、と、今の私なら助言することができる。タメ口を境にぐっと親しくなったママ友さんは多い。もちろんなれなれしいだけでは印象が悪いので、笑顔とリスペクトする姿勢は必須だ。


     

      

    デコメ&絵文字メールに合わせる必要はない




    女子の必須アイテム、絵文字やデコメ、長文メールが苦手だ。受信するぶんにはいっこうにかまわないが、自分が送信するのはかなりハードルが高い。私の独断の統計上、ママ友メールの比率は、


    キラキラメール(絵文字やデコメ):喪メール(モノクロの殺風景なメール)

    =7:3


    で圧倒的にキラキラメールを送ってくる人が多い。スマートフォンだと、デコメが文中に挿入されず後ろのほうに個別で届くのでよく意味がわからない。しかしここはキラキラに影響される必要はなく、いつもの自分らしく喪なメールを送ればいいと思う。どうしても気が引けるなら、最後にニコちゃんマークのような、一番無難な絵文字か、某掲示板でおなじみの顔文字((‘A`) (´Д⊂ヽ など)をつければノープロブレムだろう。


     

      

    長文メールはやっかい


    問題は長文メールだ。ママ友は長文メールを送ってくる確率がじつに高い。まず「今日の気候」にふれ、「送信先に対する体調の確認(元気ですかetc.)」「送信先の子どもに対する体調の確認(◯◯ちゃん、早く治りますようにetc.)」「本題」「追伸(先日の何かのお礼etc.)」といった構成となっている。なんらムダのない内容で、むしろ手紙の基本となる要素ばかりだ。これに先のキラキラ要素が入ってくるため、より長くなる。このように必須要素が重なって長文メールはなるべくしてなった、といっても過言ではない。


    しかし、私のような色味のない人間にとっては同じ構成でメールを返信するのは相当な苦行なのだ。もちろんママさんや子どもたちの体調は気になるし確認したいが、それとは別の次元の話で、大きな声ではいえないが、本当は挨拶すら抜きにして本題だけぺらっと送ってしまいたい。そんなズボラはきっと私だけではないはずだ。


    そこで考えてみた。冒頭に「遅くなってごめんね!」をつけて、本題だけを送るのはどうだろう。そうすれば慌てて返信を入れた感がたちまち醸成され、短くても違和感がないのではないだろうか。


    例)返信遅れてごめんね! 明日行けます!

    例)遅くなってごめんなさい! かぼちゃほしいです!


    どうだろう。1回くらいなら使えると思う(責任は負いかねます)。こういう小技を取り入れなくとも簡素な返信をできる猛者には必要ないが、長文メールにあわせて長文メールの返信を送るのが苦痛な人は、一度試してみてほしい。

    (いつかに続く)

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